必要じゃなくても捨てられないモノ
今の自分にとっては必要なくなったモノ。
それでも捨てられないモノがあります。
捨て完了!のはずが…
札幌にいる時に汚部屋に嫌気が差したのと、際限ない物欲にむなしさを感じて部屋を片付けました。
今見返してもbefore→afterの変化は凄まじいな…と我ながら関心しています。
そんな過去を思い返しつつ、現在は転職の準備中で実家に戻ってきているので、かつて自分が所有していたモノ達に囲まれながらの生活。
koizumihikaru1234.hatenablog.com
少しずつ片付けていますが、懐かしいモノがたくさん出てきて逆にテンションが上がってしまい全然捗っていません。
※高校生の時に購入した安野モヨコさんの『花とみつばち』を片付けそっちのけで読み耽ってしまいました。あまり知ってる人はいないと思いますが、笑いあり涙ありの名作です。好きなキャラクターは王道ですがサクラちゃん。
実家の自分の部屋に残っているのは、当然ですが自分で購入したモノばかりではありません。
誰かにもらったモノもたくさん残っていて、疎遠になってしまった方からのプレゼントはあまりためらわずに捨てられるのですが、身近にいる人からもらったモノは今でもすごく捨てづらい。
例えば僕の部屋にはこんなモノがあります。
父が中国出張の時に買ってきれた「額縁入り、光の絵」。(ひかるは本名です)
もう10年前ぐらい前にもらった気がするのですが、部屋に画鋲を差して飾ってあります。
当時の記憶では、「名前と生年月日を伝えたら、その人を生涯守ってくれる動物と名前を書いてくれる有名な絵描きさんにお願いして描いてもらった」と言ってお土産としてもらったはずです。(かなりうろ覚えですが)
ずっと絵ハガキか何かを額縁におさめたものだと思いこんでいましたが、今その事を思い出して絵をじっくり眺めて見たら、油絵で描かれているようでこんもりと堆積した絵の具の厚みが確認できました。
龍と鯉が描かれるのは珍しく、縁起の良い名前だと褒められたと嬉しそうに言いながら渡されたのを覚えています。
愛情か距離か
札幌にいた時に集中して捨てた時は、気持ちが込められたモノも今の自分に必要なければ思い切って捨てました。
昔の彼女からもらった手紙や写真、親から買ってもらったけど着なくなってしまった洋服、同僚からもらったプレゼントなどなど。
残すかどうかの基準はただひとつ、「今自分にとって必要なのかどうか」。
他のミニマリストの方のブログや本を参考にして、手紙など気持ちの込められたモノはデジタルデータで保存しました。
僕は占いやスピリチュアルよりも、実益や根拠に基づいたものを好むようで、実用的に必要か必要でないかを軸に考えた時には、こちらの絵は「必要」には含まれません。
なので他のモノを捨てたように、写真も撮ったしそのままゴミ箱へ。
と、簡単には捨てられませんでした。
以前は大切な人からもらったモノもガツガツ捨てられたのに捨てられない。
なぜこんな事が起きるのか。
そう考えた時に思い浮かぶ理由は、こめられた愛情の深さよりも、大切な人との距離感なのではないかと思いました。
自分のためを思ってわざわざ海外で買ってきてくれたモノを、同じ屋根の下に住んでいながらゴミ袋に放り込む。
それを考えると、例え今の自分にとって絶対に必要なモノとは思えなくても、絶対のお気に入りとは思えなくても、捨てるという決断には簡単に踏み切れませんでした。
「見てないところでこっそり捨ててしまってはどうだろうか」とも考えましたが、こちらもとても気が引けます。
例え手放してしまったのが分からなくても、プレゼントしてくれた人と毎日顔を合わせて一緒のテーブルでご飯を食べると考えると罪悪感というか、後ろめたさを感じてしまう気がしてなりません。
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優先すべきこと
以前も記事で紹介しましたが、タミー・ストローベルさんのスマート・サイジングで大切な人からの贈り物を捨てた時の後悔についての記述がありました。
継父からもらったワインラックを手放した時のエピソードです。
目指すべきは劇的なダウンサイジングではなく、家族との暮らしや関係がより豊かなものになるようにダウンサイジングを行っていくことだ。
それから数ヶ月たった頃、母からそのことで継父が深く傷ついていると聞かされた。継父は私たちがワインラックを手放したのを悲しく思ったそうで、私自身、あのときの選択は今でも悔やんでいる。私は自分の大切な人のイヤがることはしたくないし、この件に関してはほかにも選択肢があったかもしれない。手放すにしても、その理由をきちんと伝えれば、継父の気持ちをそこまで傷つけることは避けられたにちがいない。
捨てることで、悲しむ人がいるかもしれない。
そう考えると、決して実用的・合理的なモノでなくても、それは自分にとっての必要なモノに含まれるのかもしれないと思いました。
こちらの絵は今はお守りとして部屋に飾ってあるので、とりあえずはこのまま飾って僕の守り神として見守っておいてもらおうと思います。
手放すのかどうかは、引っ越しをする時などに改めて考えたいと思っています。
ひとり暮らしで好き勝手にしていた時は誰の目に触れる事もなかったので、誰がどう思うかはほとんど考えずに済みました。
ご家族で住んでいる方は「何を当たり前の事をお前は言っているんだ!」と思われるかもしれませんが、ひとり暮らしが長かった僕には、誰かと同じ家に住む事でまた違った「必要」の視点が見えたような気がした実家の片付けでした。
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