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モノよさらば

ミニマリストに憧れて

限界はどこか

「理性」はすばらしいものだが、人間を硬直させて自由を奪う魔力も持っている。 

  

生きていくうえでいろいろな知恵を活用したり、予想したり、さまざまなことを考えながらみんな生活をしていますがそれらは正しく合理的なものなのでしょうか。

 

 

※冒頭の言葉はこちらの本からの引用です。

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

 

 

 

限界シリーズ

※書評です。

 

高橋昌一郎さんの限界シリーズを読破しました。

 

2〜3年前に「理性の限界」をKindleで購入していましたが、読もう読もうと思いつつそのまま積ん読状態となっていて、ようやく今年になって手をつけました。

 

シリーズは合計で3冊あるのですが、どの本もさまざまな専門家や一般人がディスカッション形式で幅広い視点から、さまざまな限界について説明・話し合う形式を取っています。

 

わたしたちが当たり前だと思っていること、信じていることはじつは大した根拠がなかったり、そもそも原理的に理解できないことがたくさんあることをわかりやすく教えてくれました。

 

どのシリーズも非常に面白いかったので、一部を紹介してみたいと思います。

 

 

公平な多数決は存在しない

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)

 

 

意見が分かれたとき、多数決で物事を決めることがあると思います。しかし、この「多数決で決める」ということはそもそも矛盾を抱えていて、平等な多数決は存在しないということが「理性の限界」で旅行に行くケースとしてひとつ例が紹介されています。

 

3人の大学生の女の子が卒業記念に海外旅行に行くことになりますが、全員行きたい場所がニューヨーク、ウィーン、パリとばらばら。どこに行きたいかはそれぞれ次のようになっています。

 

A子: ニューヨーク > ウィーン > パリ

B子: ウィーン > パリ > ニューヨーク

C子: パリ > ニューヨーク > ウィーン

 

C子が、「このままじゃ決まらないから、多数決の勝ち抜きで絞っていこうよ。まずニューヨークとウィーンだったら、どちらがいい?」と言いました。そこで、この二ヶ所で投票すると、二対一でニューヨークが勝ちました。次にニューヨーク対パリで投票すると、二対一でパリが勝ちました。

 こうして私たちは、多数決にしたがって、パリへ行ってきたのです。

 

ところが、旅行の帰りの飛行機の中でもう一度多数決をしたところ異なる結果が出てしまいます。

 

今度はニューヨークとパリで多数決をすると二対一でパリが勝ち、パリ対ウィーンで投票をするとウィーンが勝つようになっています。パリとウィーンから投票を始めるとニューヨークが勝つようになっています。

 

このような矛盾はコンドルセのパラドックスと呼ばれていて、どのような投票形式でも同じ候補者が当選しなければならないという民主主義の考え方と矛盾するそうで、勝ち抜き以外の一斉投票など、どのような投票の仕方でも完全に公正な投票は存在しないということが数理経済学者のケネス・アロウさんの「不可能性定理」によって証明されているそうです。

 

要するに、完全に公平な投票方式は存在しないのです。したがって、そのような投票方式に依存する完全民主主義も、存在しないというわけです。

 

二〇〇〇年のアメリカ合衆国の大統領選挙も投票形式が違えば、ブッシュではなくゴア大統領が誕生していたことが示されています。

 

 

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人間の意志は自由なのか

感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性 限界シリーズ (講談社現代新書)

感性の限界 不合理性・不自由性・不条理性 限界シリーズ (講談社現代新書)

 

 

こちらは同じシリーズですが、進化論、哲学、文学、行動経済学など幅広い視点から人間の感性についての限界や可能性について書かれています。

 

人間に自由な意志はあるのかをさまざまな視点から話し合っている際、以下のような質問が出てきます。読まれた方はぜひじぶんならどちらか選択するか答えてみて頂ければと思います。

 

あなたは主要国の厚生大臣で、ある感染症の病気に対策を講じようとしているとします。この病気には、すでに六〇〇人が感染していて、このまま放っておけば死亡することが推定されています。この感染症に対して、二つの対策が提案されています。

「対策A」を採用すれば、二〇〇人が助かります。「対策B」を採用すれば、六〇〇人が助かる確率が三分の一、一人も助からない確率が三分の二です。

 さて、あなたが大臣だったら、どちらの対策を採用しますか?

 

 

もうひとつ質問が用意されています。

 

あなたは主要国の厚生大臣で、ある感染症の病気に対策を講じようとしているとします。この病気には、すでに六〇〇人が感染していて、このまま放っておけば死亡することが推定されています。この感染症に対して、二つの対策が提案されています。

「対策C」を採用すれば、四〇〇人が死亡します。「対策D」を採用すれば、一人も死亡しない確率が三分の一、六〇〇人が死亡する確率が三分の二です。 

 さて、あなたが大臣だったら、どちらの対策を採用しますか?

 

 

 

 

 

いかがでしょうか。ちなみにぼくは「対策A」と「対策D」を選択しました。これは最も多く選ばれる回答とのこと。

 

ですが、上記の二つの質問は、まったく同じ内容を別の言い方で表現しただけなのです。(二〇〇人助かる=四〇〇人死ぬ、一人も助からない確率が三分の二=六〇〇人が死亡する確率が三分の二。統計の専門家などでもこのような誤りに陥るそうです)

 

これは何を表しているかというと、同じ質問であっても切り取り方によって捉え方が異なり、矛盾した選択を行う可能性が高いことを表しています。

(「脂肪分70%カットの牛乳」と「脂肪分30%含有の牛乳」であれば、意味は同じですが前者の方が圧倒的に選択されるそうです)

 

行動経済学では「フレーミング効果」と呼ばれており、「得をするフレームではリスクを避け、損をするフレームではリスクを冒そうする」傾向が人間に備わっているそうです。

 

この本ではここから進化論、認知神経科学など専門的で難しい話を分かりやすく解説しつつ人間に自由な意志があるのかどうかが紹介されており非常に楽しく読めました。

 

 

当たり前は当たり前ではないのかも

どのシリーズも難しい内容を取り扱ってはいますが、専門知識がなくても理解できるように対話形式で専門用語もわかりやすく解説しながら説明してくださっていてAmazonでの評価も高いです。

 

 

・人間に自由はあるのか。

・合理的な選択をすることは可能なのか。

・人間の考えていることははたして正しいのか。そもそも正しいとはどういうことか。

・科学的であることはどういうことか。

 

 

などなど非常に難しい問題に対して、これまで歴史上世界中の人たちがどのように解き明かそうとしてきたのかが紹介されています。

 

じぶんが正しいと信じてきたことは意外と大した根拠があるものではないことがわかり勉強になりますし、雑学としても非常に楽しめるシリーズで図書館にもたいてい置いてあるようなので、気になった方はぜひ手にとってみて頂ければと思います^^

ご覧頂きありがとうございました。
 
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