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モノよさらば

ミニマリストに憧れて

自分で選択しない、というのも一つの選択。

選択をする時、一番大事なことは何でしょうか。

 

豊富な選択肢、自分の信念、統計。

 

色々基準はあると思いますが、一番大事な事は赤の他人に決めてもらう。

時にはそういう判断も必要なのかもしれません。

 

 

選択の科学

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

 

 

先日も記事の中で少しだけ紹介しましたが、図書館で借りていた「選択の科学」を読了しました。

 

生き物にとってなぜ選択することが不可欠なのか、選択がもたらす幸不幸について科学的に解明しようとするとても興味深い本。名著です!

 

ここ最近読んだ中では抜きん出て面白かったので、引用しながらご紹介したいと思います。

 

 

「選択」は本能

 カジノのチップを与えられた被験者は、ルーレット式の回転盤が一つあるテーブルよりも、二つの全く同じ回転盤があるテーブルでチップを賭けたがった。賭けることができるルーレットは一つだけで、ルーレットは三つとも全く同じものだった。

 このように、選択したいという欲求は自然な心の動きであり、おそらく生き残るために欠かせない働きだからこそ、発達したのだろう。

 

仕事上の裁量の度合いが小さければ小さいほど、勤務時間中の血圧は高かった。さらに言えば、在宅中の血圧と、仕事に対する自己決定権の度合いとの間に、関係は認められなかった。つまりこのことは、勤務時間中の血圧の急上昇を引き起こした原因が、自分で仕事の内容を決められないことにあることを、はっきり示している。

 

無意識に選択肢が多い方を選ぶという本能が生存競争でも役立ち、また選択ができない(少ない)環境にいると健康状態が悪化しやすいことが書かれています。アメリカの職業では、公務員の事務作業員などが対象に挙げられていました。

 

実際に選択できない環境にいなくても、辛い出来事を環境のせいにしてしまう人は、自分で「選択してどうにかなる」と信じている人よりもうつ病、薬物・アルコール依存症、免疫低下を患いやすい上に、心臓発作で助かる可能性が低いそうです。

 

 

選択肢は多い方が良い?

選択が多い方を本能的に選ぶのであれば、選択肢は無尽蔵にあるのが良いのか。

 

必要なモノだけで暮らすことを目指すミニマリストをご存知の方は、決してそんなことがないのでは?と思う方も多いはず。

 

著者のシーナ・アイエンガーさんはマーケティング関連の本でよく出てくる「ジャムの実験」を考案された方で、実験でこれを根拠づけています。

 

試食コーナーで

1. ジャムを6種類並べておく。

2. ジャムを24種類並べておく。

 

1、2どちらの方が購入率が高くなるかという実験です。

 

二十四種類のときは、買い物客の六十%が試食に立ち寄ったが、六種類のときは買い物客の四十%しか訪れなかったことが判明した。(中略)

六種類の試食に立ち寄った客のうち、ジャムを購入したのは三十%だったが、二十四種類の試食の場合、実際にジャムを購入したのは、試食客のわずか三%だったのだ。大きな品揃えの方が、買い物客の注目を集めた。それなのに、実際にジャムを購入した客の人数は、小さな品揃えの方が六倍以上も多かったのである。

 

選択肢の見分けが容易につかない時は、あるいは最高のものをたった一つだけ選ばなくてはならない時(デンタルフロスを各種取りそろえようなどという人はいない)、選択肢の多さは、もはや便利でも、魅力的でもなくなり、単にノイズを生み出し、わたしたちの集中を妨げるだけになってしまう。下手をすると、全く同じ用途の大量の商品の中から、とほうもない時間をかけて、どれかを選ばなくてはならないはめになる。 

 

選択肢が多いことで迷いに迷って、後で「あっちにしておいた方が良かったかも…」ということが僕自身にも頻繁にあります。(優柔不断です)

 

最近ではHuluなどのストリーミングサービスを利用している時にこれをよく感じます。

 

www.hulu.jp

 

「何を観ようか」と探すところから始めると、スクロールしても次から次へと映画が現れ、あーでもないこーでもないとさんざん探した挙句、何回も見ているスタンドバイミーを結局再生するなんていうことが何度もあります。

 

スタンド・バイ・ミー コレクターズ・エディション [DVD]

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多すぎる選択肢に飛び込むことは、自ら迷いやすい道に飛び込むようなものなのかもしれません。

 

 

 

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選択の代償

アメリカの医療現場では、患者に治療方法を提示して同意を得るインフォームド・コンセントが原則となっているそうです。

 

例えば重病の子供が危篤状態で、延命しても生涯寝たきりで意志疎通もできないし、手も足も動かせない。

 

それでも延命をするか、それとも治療を中止して死を選ぶのか。

どちらにするか、アメリカでは親に選択を求められます。

 

対してフランスではどちらの判断をするかは、医師が決定するのが通例だそうです。

 

選択が本能であるならば、ましてや大事な家族の命についての重大な選択を医師が独断で選択すべきではない、と考えるかもしれませんが、調査結果は真逆のことを示しています。

 

延命治療を中止して、子供が亡くなった後の親への調査です。

 

「悲しいことだけど、もし彼が亡くなったなら、それは亡くなる運命だったんだわ」。彼女をはじめフランスの親たちは、誰一人として自分や医師を責めなかった。

 

対してアメリカでは

「あの決定を、この手で下したという罪悪感を、一生抱えて生きていくことになった」。息子のチャーリーを亡くしたシャロンは、同じような感情をこう説明した。「まるで処刑に手を染めたみたいだった。あんなことをするんじゃなかった」こうした背筋も凍るような、苦渋に満ちた発言は、フランスの親たちの言葉とはかけ離れていた。

 

本人の苦悩が目の前に迫ってくるような重たい言葉。

選択することで生まれる大きな苦しみがあることを示しています。

 

こうした選択の代償を軽減する方法として、専門的な知識を持った人の助言を聞き入れ、その意見を元に選択をすることが挙げられています。

 

第一に、医師が望ましい選択肢をはっきりと示すことで、困難な決定を担う人たちの負担を軽減できる可能性を示している。第二に、難しい選択の全責任または主要な責任を担わされる人たちの心や良心にのしかかる重圧がどれだけ大きいかを、この調査に限らず、ジュリーのシナリオを用いた全ての調査が明らかにしている。

 

日本ではどれぐらい決定を委ねられるのわかりませんが、祖父が亡くなる前には家族で延命について真剣に議論をせざるをえなかったと言っていたので、決して無関係な話ではないのだと思います。

 

軽いテーマから重いテーマまで「選択」についての実験結果などを元に論じていて、いつか向き合わなくてはならない数々の選択に対して、色々なヒントを与えてくれるはずです。

 

現役のビジネスマンから学生さんまで幅広く楽しめる一冊だと思うのでオススメです(^^)

 

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